潜在的仮想敵国−軍事的脅威の強度は「能力」と「意図」の積

防衛の問題において、どの国が自国にとって「軍事的脅威」であるかとか、「(潜在的)仮想敵国」であるかということが話題になったりします。
それらは、どのように考えればよいのでしょうか。

まず、「顕在的な軍事的脅威」あるいは「顕在的仮想敵国」というものを考えてみましょう。その内容は、相手国の持つ物理的な軍事力と相手国の政治的意図(その国が自国を軍事攻撃したいと考えること)との積である考えられます。

顕在的な軍事的脅威の強度=相手国の物理的軍事的能力×相手国の政治的意図

二つの要素の積なので、どちらか一方の値が非常に高くても、他の一方がゼロであるならば、顕在的な脅威はゼロと考えられます。
世界最強レベルの軍事大国であり、日本に対する軍事的な攻撃能力が極めて高いと考えられる国があったとしても、その国が日本を攻撃しようという意図を全く持っていないとするならば、その国の日本に対する顕在的脅威はゼロとなります。
逆に、日本に対して軍事攻撃を掛けたいという強い意図を持った国があったとしても、その国が日本を軍事攻撃する能力・手段を持っていないならば、日本にとってその国は何ら脅威ではないということになります。

ここで、「相手国の物理的軍事的能力」と「相手国の政治的意図」の二つを比較すると両者の性質には大きな違いが見出せます。

「相手国の物理的軍事的能力」のほうは、比較的、客観的に観測が可能です。
勿論、実態を知られたくないとその国が考えて、実際の能力よりも強く見せるとか、あるいは逆に弱く見せるという努力をする場合があるでしょうが、それにもかかわらず、公開された情報や偵察・諜報活動などにより、かなりの部分を把握できるでしょう。

「相手国の政治的意図」のほうは、相手に他意があった場合、極度に高度な諜報活動が成功しない限り、真の意図を見抜くのは困難でしょう。

もっと大きく、決定的な違いは時間軸です。

「相手国の物理的軍事的能力」の方は、いくらその国が必死になっても、短期間で大きく変えること(より強いほうに変えること)はできません。
それに対して、「相手国の政治的意図」のほうは、極めて短期間で変えることができます。
戦闘機を50機しか持たない国が、一夜にして500機を保有・実戦運用可能な国になることはまずないでしょう。
しかし、政治的意図のほうは一夜にして変わることもありえます。

このことから、「潜在的な軍事的脅威」あるいは「潜在的仮想敵国」というものを考える場合は、政治的意図という面は無視するか少なくとも非常に軽視して考えるのが妥当です。従って、今現在自国とその国との関係が緊密・良好であるかどうかに関係なく、その国の持つ物理的軍事的な能力と自国の物理的軍事的な能力との対比という観点から「潜在的な軍事的脅威」あるいは「潜在的仮想敵国」というものを考えるべきです。

現在、日本に本格的な軍事攻撃・武力侵攻を図る充分な能力を持った国は、ほぼ米国一国でしょう。現状では、米国がそれを実行する意図を持たないことはまず間違いないでしょう。ですから、米国は日本にとって顕在的な脅威ではない。しかし、潜在的な脅威という点では、日本にとって最大の脅威であるといえます。

日本以外の国でも、同じです。
例えば、北朝鮮の立場に立って、北朝鮮に対して脅威を与えている国はどこか。
米国であると彼らは考えていると多くの人は答えるでしょう。実際、米国は充分な軍事的能力を持っている上に、少なくとも北を武力攻撃する意図を持ち得ないとは到底言えない状況であると考えられますので。北朝鮮から見ると米国は顕在的な軍事的脅威でしょう。
では、北の潜在的脅威はどこか。北と長大な国境を接し、それなりの軍事的能力を持った国・中国でしょう。

このように、今現在の国家間の関係の良否にとらわれず、各国の純粋に軍事的な能力という観点から防衛や国際関係を眺めるという姿勢は大事なことであり、同時にそれにもかかわらず、多くの日本人には欠けている点であると言えるでしょう。